モームが愛したタヒチ
 7. それからまた二年、

 それからまた二年、いや三年くらい経った。
 というのは、タヒチでは、歳月の流れというものがほとんど感じられないからであり、それを数えているほうがむしろ困難だった。
「月と六ペンス」中野好夫訳




 青い空。
 穏やかな海。
 沖合いに浮かぶヨット。
 
 そのどれもがまるで動かない。
 東京に腕時計を置いてきたぼくには、ここでは時間を計る方法がない。




 「ここ」というのは、水上バンガローのバルコニー。

 「時間」というのは、なにかをやらなければならないときに気にしなければならない概念のひとつである。


 鳥。

 ここへの訪問者はたいてい海からやってくる。


 鳥は体の向きを変えると、彼の慣れ親しんだ土地をくまなく調査し始める。

 今朝、魚にやったパンくずの残りを探しているのだ。




 隅から隅までくまなくべランダの調査を終えると、鳥は手すりのロープにとまって海を眺め始める。




 青い空。
 穏やかな海。

 ついには鳥までが、まるで動かなくなってしまう。