モームが愛したタヒチ
 6. 夕食は前もって

 夕食は前もって注文してあった。
 ここのあるじのアントニオは技量(うで)がよかったので、料理はうまかったし、葡萄酒も彼が自分の葡萄園で造ったものだった。
 わたしたちはマカロニを食べながら一壜あけてしまった。
 二本目を飲み終わった頃には、人生もたいして悪いものではないような気になった。
「ロータス・イーター」田中西二郎訳


 習慣というのは、住む土地によって変わってくるものだが、ここに来てからぼくの習慣もすっかり変わってしまった。

 まず、靴下をまったくはかなくなった。
 ここまでは特筆すべき話ではないが、その上、靴(サンダルも含めていかなる履物)も履かなくなってしまった。

 バンガローの中では靴はいらないし、外に出ても木の桟橋を歩くくらいである。
 しかも、レストランは、砂浜の上に建っている。

 ここでは靴などいらないのだ。

 食べ物についても、すっかりこちらのものに体が馴染んでしまった。

 よく言えば、ダイナミックな、悪く言えば、大雑把な料理の味にすっかり慣れてしまったのである。


 この日、タヒチの伝統的な料理の催しがあった。

 いつもより早めにレストランにいくと、全員に食前酒とオードブルが振舞われた。
 これから砂浜の砂の中で蒸し焼きにしている料理を取り出すという。


 4人の男たちが、呼吸を合わせて、鉄でできた檻のようなものを砂浜に掘られた穴の中から引っぱりあげた。


 中から次々と出てくる蒸し上がった食材に、食前酒でほろ酔い加減の客たちが歓声を上げる。




 切れ味鋭い大きなナイフでシェフが手際よく切り分けていくと、あっという間に全員分の夕食が出来上がった。

 相変わらずの大雑把な味だが、これがタヒチのビールになかなかよく合う。




 そして、二本目を飲み終わった頃には、人生もたいして悪いものではないような気になってしまうのだった。