モームが愛したタヒチ
 4. 環礁の内側。水は、

 環礁の内側。
 水は、濃藍から淡いエメラルド・グリーンまで、あらゆる色をみせる。
 環礁は、幅広く、さまざまの色あいのさんごから成る。その上を歩くことができる。
 内側の水は池のようにおだやかなのに、一方は、すぐそばで荒波が岩にあたってくだけるすさまじい海であるのはふしぎな感じだ。
「作家の手帳」中村佐喜子訳


 環礁(ラグーン)の内側の海に浮かぶように並んで建つバンガロー。

 ここでの朝は、他の土地への旅と同じように朝食から始まる。
 もっとも、自分の腹を満たすだけがここでの朝食の目的ではない。


 砂浜の上に建ったレストランでの朝食が終わりに近づくと、耳に花をさしたレストランのスタッフが手編みのかごに入ったパンを持ってやってくる。

 "Pour poissons?" −魚たちのためにいかがですか?
 ありがとうと言って、かごに入ったパンをもらうのがここでの日課である。


 バンガローに戻るとさっそく海へ。
 といっても、海に行く必要などない。なにしろバンガローの下は海なのだから。

 バルコニーからはしごを降りると、すぐにほんの少し冷たく感じる水に入ることができる。


 体が水に入ると、魚たちが寄ってくる。彼らは、この後になにが起こるかを誰よりもよく知っている。

 朝食のパンをちぎって投げると、魚の群れで海の色が変わってしまうほどだ。


 小一時間魚たちと遊んだあと、バルコニーの椅子で体を乾かす。
 体が乾くまでの時間を日本から持ってきた「月と六ペンス」と過ごす。

 ただこれがどうも落ち着かない。
 環礁の内側の海は、色と音を変えながら、再びぼくを水の中へと誘うのだ。

 濃藍から淡いエメラルド・グリーンまで、あらゆる色をみせる環礁。
 池のようにおだやかな海の向こうで、環礁の外の白い波が岩にあたってくだける様が見える。

 「月と六ペンス」をテーブルに伏せると、ぼくの手は自然に水中めがねのほうに伸びていってしまうのだった。