モームが愛したタヒチ
 3. 神様が六時という時刻を

 「・・・神様が六時という時刻をおつくりになったのは、男に一杯のませるためだったような気がするね」
 彼はロバートの隣りの大きな革椅子にどさりと腰を落して、給仕人を呼んだ。それから例の憎気のない、ひとを惹きつける笑顔をロバートに向けた。
「獅子の皮」田中西二郎訳


 ボートを降りて、チェックインを済ませ、バンガローで荷物を解いて、靴を脱ぐと、猛烈な眠気が襲ってきた。

 日本からの飛行機の中で少し眠ったとはいえ、体は徹夜明けのような感じである。

 考えてみれば、東京は今ちょうど午前5時ころ。
 体が眠りを欲しても無理はない。

 

 いつのまにか眠りに落ち、目が覚めるとカーテンの隙間から、傾いた陽射しが差し込んでいた。

 寝ぼけた頭で、一瞬どこにいるのか考えたが、すぐに答えが返ってきた。

 水の音。
 小さな波がバンガローの支柱にぶつかって砕ける音が聞こえてきた。


 バルコニーに出ると、抜けるように透き通っていた青い空が藍色に変わり、海も濃淡を深めながらさざ波をたてている。

 そのさざ波の向こうに、赤い太陽が沈んでい
く。


 午後六時。
 沈んでいく夕日を見ていたら、今度は猛烈にのどが渇いてきた。

 せっかく神様が六時という時刻をおつくりになったのである。
 夕日を見ながらビールを一杯やらないわけにはいかない。