モームが愛したタヒチ
 1. 着いた翌朝は、

 着いた翌朝は、ひどく早起きをした。
 ホテルのテラスへ出てみたが、人一人起きていない。
 台所へまわってみたが、ここにも鍵がかかっており、外のベンチには土地の少年が一人眠っていた。
「月と六ペンス」中野好夫訳


 成田発タヒチ行きの飛行機は午前3時30分にパペーテの空港に到着した。
 成田を出たのが土曜日の午前11時30分。
 パペーテに到着したのが同じ土曜日の午前3時30分。
 日付変更線を越えたせいで時間が逆戻りしてしまったのだ。

 フライト時間は11時間。

 11時間飛行機に乗ると、時間が8時間前に戻るわけだが、長旅で疲れた頭で考えていくとだんだんわからなくなってくる。


 というわけで、とりあえず空港のカフェテリアでビールを飲むことにした。

 ボラボラ島行きの飛行機の出発時間にはまだ時間があるし、なにしろあたりはまだ暗い。

 夜明けまでビールを飲んで、タヒチの日の出を見るというのも悪くない。

 モームの小説では、人は船に乗って南の島にやってくる。
 自分から進んでやってくる者もいれば、訳あって仕方なく立ち寄る者もいる。
 船でやってくるから、時差を感じることはないはずだ。

 しかし、時間のギャップはなくても、予期せぬギャップがそこにはあるらしい。
 ほんの少し寄るつもりで船を降りたのに、いつのまにか居着いてしまう者。勢い勇んで国を捨ててはるばるやってきたのに、どうしても馴染めずに逃げるように本国に帰って行く者。

 いい意味においても、悪い意味においても、南の島には捉えがたい魅力があるのだろう。



 ビールを飲み終わって、外を見るとすっかり夜が明けていた。
 日の出は見逃してしまったわけだが、初めて見るタヒチの朝であることには変わりない。

 水色の水彩絵の具を流し込んだような天空。
 空の端のほうで混ざり合う様々な色彩。
 ここにも、南の島の捉えがたい魅力があるようだ。