サントリーニ島のクリスマス
 6. マイケルとクレオパトラ

 南ヨーロッパには、細い道が入り組んでいて全体が迷路のようになっている街がたくさんある。

 ぼくが87年から88年にかけて住んでいたモンペリエもそんな典型的な南ヨーロッパの街で、旧市街は文字通り迷路のようになっていた。

 モンペリエ大学の地理の教授によると、細い道が入り組んでいるのは夏の暑さをしのぐためであり、街全体が迷路のようになっているのは防衛上の配慮かららしいが、たしかに陽射しの強い夏の日でもモンペリエの街路はすぐに建物の影におおわれるし、あの街に住み始めた当初ぼくは何度も道を間違えたものだった。

 サントリーニ島の中心街も、細い道が迷路のように入り組んでいる。

 モンペリエと同じように、ここでも夏の暑さをしのぐために道は細くしてあるのだろう。


 もっとも、防衛上の理由から道が迷路のようになっているのかどうかは疑わしい。

 この島はなんだかとても無防備に見える。


 そんなことを考えながらサントリーニ島の街を歩いていると、また例によって道に迷ってしまう。

 まっすぐに見える道は気づかない程度に曲がっていて、直角に見える道の交差は一見わからない程度にずれている。


 そして、いたるところによく似た顔をした猫がいる。


 この道はさっき通ったような。
 あの猫もさっき見たような。


 そんなふうにして、サントリーニ島のラビリンスに迷い込んでいく。


 無防備なのはぼくのほうなのかもしれない。

 歩き疲れてカフェに入ると、今日はカフェがいつになく混んでいた。

 街の中心にあって、めずらしく毎日開いているこのカフェ・クラシコに来るのは今日で3回目だが、テラスの席がすべて埋まってしまっている。

 テラス席をあきらめて屋内に入ろうとすると、ぼくに手招きする人がいた。4人がけのテーブル席に並んで腰掛けている男女が、いっしょに座ってくれという感じでぼくを呼んでいる。

 こころよく招待に応じて、同席させてもらうことにした。

 2人はギリシア人の親子で、名前はマイケルとクレオパトラ。

 マイケルがクリスマスを娘と過ごすために、クレオパトラの住むサントリーニ島に遊びにきたらしい。


 マイケルは日本に興味があるらしく、しきりにぼくに質問してくる。

 「日本人は3時間だけ眠るとすぐに工場に働きにいくらしいが本当か」
 「いや、そんなことはないですよ」
 「たしか20年くらい前に読んだ雑誌にそんなことが書いてあったんだけどな」

 マイケルの古い記憶にもとづく古い日本の話。

 カフェ・クラシコでは、飲み物を注文すると小さなお菓子(たいていクッキーかチョコレート)がついてくるのだが、今日のお菓子はクリスマスツリーの形をしたチョコレートクッキーだった。

 マイケルの古い記憶にもとづく古い日本の話が続く。

 「日本では、空気が汚れていて・・・」

 「いや、今はそうでもないですよ」

 クリスマスツリーの形をしたチョコレートクッキーを食べながら、ぼくが答える。

クリスマスまであと5日。